タイガースにとって、また我が国GSにとって、初の全曲オリジナル・トータル・コンセプト・アルバム「ヒューマン・ルネッサンス」が1968年11月25日にリリースされた。
このアルバムの中から先行シングルとして10月5日に「廃墟の鳩/光ある世界」がリリースされ、そのキャンペーンとして沢田が北海道、加橋が広島といったように、メンバーは各々バラバラになって各地域に飛んだ。折しもベトナム戦争が泥沼化し、各地で戦争反対を叫ぶ学生運動を背景に、キャンペーン地での彼等の姿は「平和を歌う貴公子達」としてアイドル雑誌のグラビアを飾ったのだった。
しかし「人類の復興」と銘打ったこのアルバムは、タイガースをして「貴公子」に止まらせなかった。それは「廃墟の鳩」の発表と同時期に打ち出された明治製菓の販促用ソノシートが「天地創造ものがたり」であったり、「スター千一夜」での企画が富士山で演奏する彼等を撮ったものであったことなど、アルバム発表に向けてのイメージ戦略は、彼等を「人類が人間性を取り戻すため地上に舞い降りた天使達」へとデフォルメしたのだった。
大手町のサンケイホールを借り切り、大オーケストラをバックに、「人間の内なる地球の消滅から再生」をテーマに作り上げられたこのアルバムには、以下の作品が収められていた。
A面仝ある世界/作詞・なかにし礼/作曲・すぎやまこういち
  ∪弧燭離ンタータ/作詞・山上路夫/作曲・村井邦彦
  七三〇日目の朝/作詞・加橋かつみ/作曲・加橋かつみ
  だ弔つ察榛郢譟森本太郎/作曲・森本太郎
  ノ个竜屐榛郢譟山上路夫/作曲・村井邦彦
  Ε螢蕕虜廚蝓榛郢譟Δ覆にし礼/作曲・すぎやまこういち
B面“舛里覆ぞ舟/作詞・なかにし礼/作曲・すぎやまこういち
  朝に別れのほほえみを/作詞・山上路夫/作曲・村井邦彦
  K困譴けた子守唄/作詞・なかにし礼/作曲・すぎやまこういち
  けのレクイエム/作詞・なかにし礼/作曲・すぎやまこういち
  コ笋譴臣狼紂榛郢譟山上路夫/作曲・村井邦彦
  η冱劼糧掘榛郢譟山上路夫/作曲・村井邦彦
タイガース脱退直後、加橋はアイドル雑誌・ティーンルックに「ヒューマン・ルネッサンスこそがタイガースの仕事として評価されるべきであり、このアルバムの支持者こそがタイガースの真のファンである」といった内容の手記を発表している。
確かに加橋の作った「七三〇日目の朝」も森本の「青い鳥」も秀作に違いない。またこのアルバムによって、タイガースはやっと「作れる」グループとなり、王者としての風格に磨きをかけたのであった。
だが、加橋のこの手記は、脱退直後ということもあり、それなりのテンションも手伝ったのだろうが、彼の独りよがりの思いこみに思えてならない。
はたして他のメンバーはこのアルバムをどう評価していたのだろうか。当時はオリコンでもアルバム・チャートがなかったため、(社会的・一般的な)数字上の評価を見ることは出来ない。専門家達からは秀作ばかりを揃えた作品として、それなりの評価を得たのかも知れないが、このアルバムに存在するザ・タイガースは、「ロック・バンド」ではなく、「コーラス・グループ」なのだ。はたしてザ・タイガースのグループとしての本質とは、「美しいコーラス」だったのだろうか?
そのテーマは後述するとして、さて、このアルバムは一方で、彼等のグループとしての存在意義を消滅させてしまう引き金となった。
このアルバムの発表直後、加橋はグループからの脱退をプロダクションに直訴する。関係者達は、彼自身が一番満足した仕事の直後に「何故?」と思ったに違いない。だが、彼にとってタイガースというグループは、自らの自己表現を充足させるアトリエに過ぎなかったのだ。「ヒューマン・ルネッサンス」という自らが初めて満足できる仕事を終えた加橋にとって、もう古いアトリエは必要なかったのだった。