ザ・タイガースの真相

2005年10月、完全復活を願ってブログを始めましたが、ようやくその願いが実現しました。 タローは音楽の総責任者です。「タイガースのテーマ」のダンスの時、皆の脚がちゃんと挙がっているかを振り向いてチェック! トッポはステージ衣装からグッズのTシャツまで、全てのデザイン担当。牧師ルックは1968年・秋のウエスタンカーニバルを思い出します。 ピーは長いこと中国に監禁されてた?(笑)いやいや日中友好の懸け橋となって活躍しています。 サリーはグループの重しです。イットクけど、サリげなく・・・・ね。 沢田研二は沢田幹事。大阪で美味しいもん、ぎょうさん食べてってや!

2006年05月

その日、東京は久々の小春日和に包まれていた。 1971年1月24日、日曜日。 「ビューティフル・コンサート」と銘打ったザ・タイガースの最後のステージを観るため、日本武道館の周りには、午後2時からの開場を待ちきれないファンたちが、朝から群れを作っていた。 ...

70年12月7日、日刊スポーツ誌に「タイガース解散」が報じられる。その日、ファンからの問い合わせの電話が殺到する中、ナベプロはマスコミに対し、あくまでも「解散」ではなく、タイガースという器を残したまま、個人活動を優先させる方針であることを発表する。だがこのナベ ...

69年12月15日、沢田にとって初のソロ・アルバム「ジュリー」がリリースされる。これを皮切りに、70年4月には初の単独レギュラー番組「虹のお祭り広場」(この番組の主題歌である「思い出はついてくる」は、作詞を石坂浩二氏、作曲は沢田本人の手によるもの)がスタート、そし ...

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