1967年5月5日、タイガースは2枚目のシングル「シーサイド・バウンド」をリリースした。 この曲は「バウンド」というリズムを取り入れ、フロントの4人が間奏のところでそのステップに乗って踊るもので、「シャボン玉ホリデー」や「ヤァヤァヤング」など既にレギュラー番組を持 ...
★グループサウンズを「アイドル」にした「タイガースのテーマ」
1966年12月1日、彼らの記念すべきデビュー・シングル「僕のマリー」がレコーディングされた。 この年は、加山雄三の「君といつまでも」が大ヒットし、若大将ブームが起こるが、一方でビートルズやベンチャーズの影響を受けた若者達がエレキバンドを作り、彼等によってジャ ...
★静かなデビュー
ナベプロの戦略によって、僅か2年でグループとしての存在意義を喪失してしまったザ・タイガース。 しかし彼等が巻き起こした爆発的な人気は、決してプロダクションによって作られたものではなかった。むしろ彼等の人気が出たことで、ナベプロは彼等をコントロールし始めた ...
★ザ・タイガースは何故5人でなければならなかったのか
加橋の除名が松下宣伝部長から公式に発表される前に、美佐はヒルトンホテルに加橋と彼の母親を「軟禁」状態にし、加橋がパリでソロアルバムをレコーディングするための渡航手続を済ませていた。 しかしナベプロが仕掛けた加橋の「タイガース除名」劇は、公には、いやタイガ ...
★3月5日の必然
1971年1月24日、ザ・タイガースは4年間のグループ活動に終止符を打った。 しかしザ・タイガースが自ら「グループ」であることの意味を消滅させたのは、それより2年前の3月5日だった。 1969年3月5日−。 加橋かつみがメンバーの前から姿を消した日である。 その日はあたかも突 ...